僕の名前は、サンソ・ブンシという。単に「サンソ」と呼ばれることのほうが多い。僕の職業については、あとで詳しく説明するけど、ここでは「生き物を生かす」仕事をしている、とだけ紹介しておく。
僕は今、悪名高きオゾンについて話そうと思っている。オゾンがこれまでに犯した罪について知っている人なら、あれほど恐ろしい奴はいないことを知っているはずだ。僕だって本当は、あんなモンスターと関わりたくなかった。
でも、縁というのは残酷なもので、僕はオゾンとの関係を断ち切ることができないでいる。
僕は最初、オゾンの負の面だけを紹介するが、この話は、それだけでは終わらない。この物語には、衝撃的な出来事がいくつか起こる。その1つは、例えば、僕とオゾンの出生に関わることだ。
オゾンのことをなんとなく知っている人も、この物語には驚くはずだ。
なぜなら僕は、オゾンの気持ちがわかるからだ。
この短編小説「オゾンの気持ち」は、気体であるオゾン(O3)や酸素分子(O2)などを擬人化した物語です。
物語の語り手である「僕、サンソ・ブンシ」は「酸素分子」のことです。彼が言っていた「生物を生かす」仕事とは、生物が酸素を「燃料」にして生きていることを表現しています。
物語の主人公は「オゾン」です。実物のオゾンは、非日常的な超高濃度になると人の健康を害し、最悪、死に至らしめます。それでサンソは、オゾンのことを悪人と呼んでいます。
しかし、オゾンには、細菌やウイルスなどの有害微生物を殺菌するという、人類の生存に不可欠な能力があります。
オゾンは、「毒性ガス」と呼ばれながら、殺菌で人類に多大な貢献をしています。もしオゾンが人間だったら、とても複雑な気持ちになっているのではないでしょうか。
オゾンの「犯罪歴」
僕は、オゾンの犯罪を間近で見てきた。
オゾンは本当にひどい奴で、あいつが本気を出せば、人間を1時間で死なせることができる。オゾンの武器はガス、つまり気体だ。オゾンが吐く息は青白く、それが毒性を持つ。
非日常的な超高濃度にならないかぎり、人の目でオゾンの色は認識できないため、一般的には「無色」です。
壊滅的なダメージを与える
オゾンは短気で、すぐに毒性のガスを出す。しかもあいつは容赦がない。普通の悪人は、最後に「施し」を用意していて、相手を叩きのめしたとしても、壊滅的なダメージまでは与えない。
しかしオゾンは違う。あいつは、叩きのめしたうえに、相手を粉々にしてしまう。僕はオゾンの犯行現場を見たことがあるが、それは凄惨(せいさん)なものだった。
だから周囲の者は、オゾンを怒らせないようにしなければならない。奴を丁重に扱わなければならない。
僕は、なによりもまず、オゾンに青白いガスを吐かせないようにした。しかしオゾンは、その臭いガスを、呼吸をするように吐き出す。
そう、奴が吐くガスは臭い。
臭いについて悪口を言うのはよくないことだが、それでもこう言わざるを得ない。「オゾンは臭い」と。鼻にツンときて、次第にそれが痛みに変わる。そして、オゾンの臭いは、どの臭いにも似ていない。だから、オゾンが部屋のなかに入ってくると、その臭いですぐにわかる。
頭痛、胸痛、大気汚染、ゴム劣化も
奴の臭いを嗅ぎ続けていると、頭痛がしたり胸が痛くなったり、咳が止まらなくなったりする。
そうなると、僕は自分を守るために、そっとオゾンのそばを離れる。奴の機嫌を損ねないようにしながら。
オゾンの犯罪は、人に吸わせて弱らせるだけではなかった。
悪い仲間と組んで、地域一帯の空気を汚して、何万人もの人の健康を害したり、ゴム製品を劣化させて人々の生活を混乱させる悪質なイタズラを仕掛けたりしていた。
●オゾンの安全ラインは0.1ppm(有人環境下)
人が高濃度のオゾンを吸うと、死に至ることがあるのは本当です。
オゾン濃度が0.5ppmになると気道に刺激を感じるようになり、1~2ppmで頭痛、胸部痛、咳などが起きます。15~20ppmで小動物が死に、人が50ppmのオゾンを1時間浴びると命を落とします(*2)。
日本産業衛生学会によると、オゾンの許容濃度は0.1ppmです(*1)。つまり、1立方メートルの空間にオゾンが0.2mgまでなら健康を害することはありませんが、それを超えると健康被害が現れます。
ただしこれはあくまでも有人環境下においての話であり、専門業者が行う本格的な殺菌消毒作業は1.0ppm〜(無人環境)で行われるのが一般的です。
●生命の根幹に関わる物質を壊す
オゾンの殺菌効果は、気体のなかでは最強レベルです。それはオゾンが、細胞壁やDNAといった、生命の根幹にかかわる物質を壊すからです(*3、4)。
一般的な殺菌剤で細菌を殺菌すると、耐性菌という、殺菌剤が効かない新たな菌がつくられます。しかしオゾンで殺された細菌は、耐性菌をつくる間もなく死滅します。
オゾンは気体ながら、青白い色がついています。そして臭いが特徴的なので、空間のなかにオゾンがあるかどうかは、すぐにわかります。オゾンがなくなって無害化されると、臭いも消えます。
オゾンの「犯罪」として紹介された、「地域一帯の空気を汚す」とは、光化学スモッグのことです。光化学スモッグは、工場や自動車が出す排気ガスに含まれるオゾン、アルデヒド、硝酸塩、硫酸塩などが引き起こす大気汚染で、目や皮膚の痛み、手足のしびれ、めまい、頭痛といった症状がでます。
また、オゾンは生物だけでなく、ゴムなどの工業製品も劣化させます(*5)。
*1:https://www.sanei.or.jp/images/contents/309/kyoyou.pdf
*2:http://www.rgl.co.jp/html/page123.html
*3:https://www.ihi.co.jp/iat/products/ozone/catalog/i/IHI-HZseries.pdf
*4:http://www.cnpnet.co.jp/cnpe/ozon/basis.html#dd
*5:https://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/ecopro/rosuzuki/ozone/rev1.html
サンソ、自分自身について語る
オゾンがなぜあのような犯罪を行うようになったのか、それを理解するには、僕について知っておいてもらわなければならない。
母に教わった「生物を生かす」仕事
僕はみんなからサンソと呼ばれているが、正式名称は、サンソ・ブンシだ。僕の母の名前は、サンソ・ゲンシという。僕はサンソ家の長男だ。
僕は幼いころから、母に「生物のために生きなさい」と言われて育った。僕もいつしか、「将来は、生物を生かす仕事をしたい」と決意するようになった。
そして僕は、母の教えを守り、生物を生かす仕事に専念した。
僕の年齢は32億歳で、この32億年の長きにわたって、生物を活かす仕事だけをしてきた。
僕の仕事は、すべての細胞の燃料になることだ。
この仕事が評価され、僕は人類から最も愛される気体になった。
僕の仲間にニサンカ・タンソがいるが、彼はオゾンほど悪いことはしていないのに、人類から嫌われている。人類はニサンカ・タンソを、地中奥深くに埋めようとすらしている。
僕はそれほどニサンカ・タンソのことを嫌っていないから、彼のことをかわいそうだと思う。そして、人類から感謝される僕自身の境遇に満足している。
サンソの前科
実は僕にも「前科」がある。もちろん、オゾンほどの悪事を働いたわけではない。しかし僕は、生物たちを生かしながら、少しずつ生物たちを「錆び」させてきた。
僕はオゾンほど短気ではないが、それでも怒るときは怒る。そのとき僕は、活性化して「サンカ」という武器で持つ。このサンカで、生物たちを錆びさせてきた。
さて、そろそろ、みんなが最も知りたがっていることを話していこう。
そう、僕とオゾンの出生の秘密を明かすときがきたようだ。
●酸素分子に電圧をかけるとオゾンに変わる
一般的に「酸素」と呼ばれている気体は、正式には「酸素分子」といい、化学式では「O2」と表記します。「O2」は酸素原子(O)が2個くっついたものなので、この小説では、「サンソ・ブンシ」をサンソ家の長男に、「サンソ・ゲンシ」を母親にしました。
物語より先に、サンソとオゾンの出生の秘密をバラしてしまうと、酸素分子に電圧を加えると、酸素原子が3つになるオゾン(O3)ができます。
つまり、酸素分子とオゾンは、双子の兄弟のようなものです。
3人の関係図はこのようになります。
●酸素は32億年前に生まれた
かつて地球には酸素は存在しませんでした。海中に、光合成をするバクテリアが誕生して、それでようやく酸素がつくられ始めました。そのバクテリアが大繁殖して酸素量が増え、海中だけでなく大気にも酸素が増えてきました。
この出来事が起きたのが、32億年前です。
●酸素はエネルギーをつくる燃料
人の細胞のなかにはミトコンドリアがあって、これが生命活動のエネルギーをつくっています。ミトコンドリアは、酸素を「燃料」にして、エネルギー源である「ATP(アデノシン三リン酸)」をつくります。
だから「酸素は生物を生かす」と言われるわけです。
●酸素の持つ酸化作用が老化をもたらす
しかし酸素は、人を老化させます。酸素には「酸化」という働きがあり、これが「体の錆び=老化」をもたらします。老化をもたらす酸素のことを「活性酸素」といいます(*6、7)。
●二酸化炭素も「悪者気体」の1つ?
小説中に「人類がニサンカ・タンソを、地中奥深くに埋めようとしている」という記述がありますが、これは温暖化対策の「カーボン・ダイオキシド・キャプチャー・アンド・ストレージ」(CCS、二酸化炭素の回収・輸送・貯蔵技術)のことです。
地球温暖化の原因になっている二酸化炭素を、地下3,000メートルに埋めてしまう取り組みです(*8)。
*6:http://www.ebanet.co.jp/activity/sanso.html
*7:https://cellbank.nibiohn.go.jp/legacy/visitercenter/cell_view/comments/mitochondria.html
*8:https://toyokeizai.net/articles/-/215829
衝撃の事実「オゾンは生き別れの双子の兄だった」
僕は、オゾンの存在を知れば知るほど、彼を憎むようになった。彼のことを口汚くののしることもあった。
すると、母、サンソ・ゲンシが僕に、衝撃の事実を告白した。
電気に当たってオゾンになった
「サンソ・ブンシ、あなたが憎むオゾンは、生き別れになったお前の双子の兄なんだよ」
「何を言っているんだ、母さん。僕が、あの極悪非道のオゾンの弟なわけがないじゃないか。オゾンが、お母さんの子供だなんて、嘘だろ」
「いや、これは事実なの。オゾンは『あの出来事』が起きる前は、お前と同じ、優しい子供だったんだよ」
「『あの出来事』って何だい、母さん」
母はゆっくりと、僕と兄さんが生き別れになったときのことを話し始めた。
僕たちがまだ幼かったころ、母は、僕と兄を連れて散歩に出た。そのとき、急に空が暗くなり大雨が降ってきた。母は必死に避難場所を求めて、僕たちの手を引いて走ったが、幼い僕たちは速く走ることができない。僕にはその記憶がないが、そうだったらしい。
そのとき、大きな雷が落ちて、兄を直撃した。母も僕も無傷だったが、兄はその衝撃で気を失った。
「そのとき以来だよ」母が続けて言った。「意識を取り戻したお前の兄は、もう別人だった。鋭い眼光で私を睨み、『俺はもうサンソ家の人間じゃない! これからはオゾンと名乗る!』と叫んで、家を出ていったんだ」
母は、僕が物心ついてからも、兄がオゾンに変身してしまったことを隠し続けた。僕自身、兄の存在を「なんとなく」しか覚えていなかった。
そして、僕は僕で、生物たちを生かすことに忙しかったから、自分の出生をたどろうなんて気持ちは起きなかった。
母は、大人になった僕がオゾンを強く憎んでいるのを見かねて、「このままでは、兄弟で傷つけあうことになってしまう」と心配して、出生の秘密を明かしたのである。
あまりにショッキングな内容だったので、僕はしばらくは、その事実を受け入れることができなかった。
すると母は、このようなことを言った。
「それにオゾンは、悪いことだけをしてきたんじゃない。あの子も、生き物たちを生かしているんだ」
この告白も、かなりショッキングな内容だった。極悪非道な奴だと思っていたオゾンが、実は人類を救っていたとは。
●オゾンを兄にして、酸素分子を弟にした理由
酸素に電圧を加えると、オゾンに変わります。オゾンの「材料」は酸素と電気だけなので、オゾンも、酸素と同じように、100%酸素原子(O)だけでできています。
それでこの小説では、酸素とオゾンを双子の兄弟にしました。オゾンのほうが酸素原子が1つ多いので、兄にしました。
人類を「殺人ビーム」から守っているオゾン
「母さん、オゾンの奴が、生物を生かしているってどういうことなんだ!」僕は叫んだ。そしてこう続けた。「僕はお母さんの指示通り、生物を生かしてきた。でもオゾンは、毒性の青白いガスを吐いて、ときに人の命を奪ってきた。その行為がどうして、生物を生かすことになるんだ」
母は僕の目をじっと見て、こう説明した。
紫外線を受けてもオゾンになる
オゾンは、雷のような電気ショックを受けても変身するが、紫外線を受けてもオゾンに変わるという。
紫外線とは、太陽光のなかに含まれる複数の光の1つだ。そして紫外線は生物に損傷を与える「殺人ビーム」にもなる。紫外線を浴び続けると、皮膚がんを起すこともある。
紫外線を受けてオゾンになるとき、紫外線の力が弱まる。つまり、オゾンができればできるほど、地上の生物たちに当たる紫外線の量が減るというわけだ。
「紫外線によってオゾンが増えている」現象は「生物を紫外線から守っている」現象に他ならない。
兄を認めた瞬間
僕は、うなだれるしかなかった。
そして、恥じていた。僕は「僕だけが生き物を生かしている」と思っていたが、それは単なる自惚れだった。
それどころか、身を挺して、紫外線から生物を守っているオゾンのほうが、いや、兄さんのほうが、貴い仕事をしているじゃないか!
そして母は、落ち込んでいる僕の肩を叩いて、こう言ったのだった。
「それにね、あなたの兄は、変わったのよ。自分のパワーを、世界平和のために使おうと決めたの」
●オゾン層があるから地上の生物は活動できる
32億年前に地球上に誕生した酸素は、大気内に充満し、そして上空にオゾン層をつくりました(*6)。
酸素に電圧を加えるとオゾンに変わりますが、紫外線で酸素を刺激してもオゾンに変わります。そして、酸素に当たった紫外線は、その力を弱めることになります。
オゾン層は、太陽から発せられる紫外線の力を弱めているのです。オゾン層が形成されたから、地球上の生物は自由に動き回ることができるようになったのです。
その力を殺菌に活かすことで彼は再生した
僕はもう驚かなかった。だから母に、静かにこう尋ねた。
「兄さんは、紫外線を弱める以外にも、人類にとってよい行ないをした、ということですか」
母はこう答えた。
「『よい行ないをした』のではないのよ。『している』の。あの子のよい行ないは、現在進行形なの」
母はまた説明してくれた。
水を浄化する仕事が転機となる
兄、オゾンは、何度も逮捕され、刑務所を出たり入ったりしていたが、転機は突然訪れた。最後に入った刑務所で、受刑者であるオゾンに、社会奉仕作業が課せられた。オゾンは浄水場に連れていかれ、そこで汚れた水をきれいにする作業をすることになった。
すると、オゾンが浄水作業に参加した期間だけ、水質の数値が驚異的に改善する異変が起きた。オゾンが浄化作業に参加しない日は、水質は元の悪い数値に戻ってしまう。
刑務所長と浄水場長が、オゾンと面談し「何をしたのか」尋ねた。
オゾンは憮然とした口調で「指示された作業をしただけだ」と答えた。
それで浄水場長は、水質の専門家に、オゾンの浄水作業を監視させることにした。すると、オゾンがいつもより多く、青白いガスを出していることがわかった。
オゾンは単調な作業をやらされてイラついていて、自然に毒性のガスを大量に放出していたのである。
水質の専門家は、オゾンのガスを採取して、研究室でさまざまな実験をした。そして、オゾンのガスが、水中の細菌やウイルスなどの微生物を効率よく殺していることを発見した。
オゾンは、刑期を終えて出所してすぐに、その浄水場に就職することができた。
あとでわかったことだが、浄水場長は裏で手を回して、オゾンの刑期を短くしてもらっていた。それくらい、彼の殺菌力を必要していたからだ。
オゾンの浄化パワーと殺菌パワーは、たちまちさまざまな業界に知られることとなった。どの業界も、細菌とウイルスに悩まされていたからだ。
浄水場長は当初、オゾンを自分のところに囲い込んでおこうと思ったが、その他の業界がそれを許さなかった。
野菜、鮮魚、手術室も殺菌
オゾンは、青果市場や漁港や農場に出向き、野菜、果物、鮮魚を片っ端から殺菌していった。
医療業界からは、特別顧問として呼ばれることになった。オゾンは、医療器具、手術室内、病室の空間、ベッド、机、椅子などを、やはり片っ端から殺菌、除菌していった。
労働の快感、感謝される喜び
オゾンはこのとき、人生で初めて「労働の快感」を覚えた。
オゾンにとって、毒性のガスを吐き出して人々を苦しめることも、殺菌作業をして人々から感謝されることも、「労力」としては同じだった。
しかし、人々を苦しめれば刑務所に送られるが、殺菌すると人々から喜ばれた。
オゾンは、同じ労力をかけるなら、非難される結果より、感謝される結果のほうが「全然いい」と思った。
●フランスでは19世紀末から浄水場でオゾン殺菌をしていた
オゾンが、「変な臭いがする厄介な気体」から「便利な殺菌剤」に変わったのは、19世紀末のフランスとされています(*9)。フランスの浄水場で、上水をオゾンで消毒する実験が行われました。
21世紀の日本でもオゾンは浄水場で使われていて、有機物やカビ臭物質、アンモニア態チッソといった害悪物質を、効率的に除去しています(*10)。
また、オゾンが、野菜、鮮魚、病院の殺菌に使われていることは、小説の内容のとおりです。
*9:https://www.eng.hokudai.ac.jp/labo/ecopro/rosuzuki/ozone/rev7.html
*10:https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/suigen/topic/13.html
3人のライバルとの熾烈(しれつ)な争い
オゾンが更生したことで、僕のなかの彼への憎しみは消えた。むしろ、尊敬すらしている。
僕も「活性酸素」という、相手を倒す武器を持っているが、オゾンの酸化ほど強力ではない。僕の活性酸素では、細菌やウイルスを殺すことはできない。
僕とオゾンの関係が改善したことを、母も喜んでくれた。僕らやようやく家族になることができた。
ところが、オゾンの仕事に問題が起きた。
アルコールとジアエンソ兄弟が「オゾンは悪人だ」と言いふらした
オゾンに殺菌業務を奪われ始めたライバルたちが、SNSで「オゾンは人を死なせることもある毒性ガスだ」といった内容の投稿をし始めた。
そのような悪質な嫌がらせをしたライバルとは、アルコールとジアエンソ兄弟の3人だ。
アルコールは、オゾン同様、細菌やウイルスの殺菌が得意だった。
ジアエンソ兄弟の兄、ジアエンソ・スイは、オゾン同様、野菜を殺菌する仕事を請負っていた。また、人の手を洗浄することもある。
ジアエンソ兄弟の弟、ジアエンソ・ナトリウムは、オゾン同様、殺菌に加えて漂白ができた。
アルコールとジアエンソ兄弟の3人は、オゾンに「殺菌王者」の地位を奪われることを恐れた。なぜならオゾンは、この3人ができることを、1人ですべてこなせるからだ。
オゾンは殺菌の仕事を終えたら完全に消えた
しかもオゾンは、殺菌の仕事を終えたら、すぐに消えることができた。オゾンは、自分の殺菌作用が残存すると、現場の人たちに迷惑をかけることを知っていた。だから、仕事をしたあとは必ず自分がいた「形跡」をなくすのだった。
この業務態度は、殺菌作業の発注者から喜ばれた。オゾンは殺菌現場の人気者になっていた。
一方のジアエンソ兄弟は、仕事を終えたあともそこにとどまる癖があって、殺菌作業の発注者からクレームがくることがあった。
アルコールとジアエンソ兄弟の欠点を暴露する
アルコールとジアエンソ兄弟は、オゾンの優秀さに嫉妬して、オゾンの悪口を流した。
僕はオゾンに、「こちらも、奴らの欠点を指摘しよう」と提案した。アルコールとジアエンソ兄弟の殺菌の欠点を世間に知らせれば、オゾンの評価が上がると考えたからだ。
オゾンは最初、僕の提案に乗り気ではなかった。オゾンは僕に「それぞれ、得意な殺菌作業と不得意な殺菌作業がある。それぞれが長所を活かして、欠点を補えばいいんだ」と言った。
僕は、それは違うと思ったから、こう言った。
「なあオゾンよ、君は悪人から善人に180度変化した。だから、アルコールとジアエンソ兄弟の欠点を公表して、足を引っ張ることはしたくない、と考えるようになったのだろう。
しかし、彼の欠点を公表しないと、人々は彼らが不得意な殺菌も、彼らにやらせるぞ。
『オゾンはなんか怖い』とか『とりあえずアルコールなら何でも殺菌してくれるだろう』と思われ続けたら、本当は君の得意な殺菌作業なのに、君にやらせず、あいつらにやらせる。
そうなったら、損を被るのは、しっかりした殺菌を必要とする人々だ。
オゾン兄さん、自分の仕事に責任を持つのなら、奴らの欠点を暴くべきだ」
オゾンは僕のこの説得に理解を示してくれ、アルコールとジアエンソ兄弟の欠点を公表することにした。
ただもちろん、彼ら3人は、これまで長きにわたって、人類を細菌やウイルスを守ってきた、殺菌界の英雄だ。
オゾンと僕は、彼らの名誉を汚すことだけはしなかった。
●4つの殺菌剤を使いわけて殺菌すべき
小説では「オゾンVSアルコール」「オゾンVS塩素系」という対立構図を描きましたが、実際のプロの殺菌の作業では、オゾン、アルコール、次亜塩素酸水、次亜塩素酸ナトリウムを、適材適所で使い分けて、細菌・ウイルス対策を実施しています。
●森林浴が健康に寄与するのはオゾンのお陰?
ただ、実際の世界でも、オゾンへの偏見はあるようです。オゾンは毒性のガスであることは事実ですが、低濃度のオゾンは無害です。無害どころか、人の健康に寄与することもあります。
例えば、森林には、街中より多くのオゾンが漂っています。結核患者を治療するサナトリウムが高原に建てられたのは、オゾンで空気が浄化されているためと考えられています(*11)。
●アルコール、次亜塩素酸水、次亜塩素酸ナトリウムの欠点を補うオゾン
そして、アルコールより、次亜塩素酸水より、次亜塩素酸ナトリウムより、オゾンのほうが優れていることがあるのも事実です。
例えばアルコールは、作業者の手荒れを引き起こすことがありますし、芽胞という部位を持つ最近には殺菌効果がありません(*12)。オゾンは細胞の芽胞も破壊します。
次亜塩素酸水は、残留性が問題になったり、一部の細菌やウイルスに効果がなかったりします(*13)。オゾンは、時間が経てば自然に酸素に戻るので残留性がなく、次亜塩素酸水が殺菌できない細菌やウイルスも死滅させることができます。
次亜塩素酸ナトリウムは、酸性の洗剤と混ぜてしまうと、有毒な塩素ガスをつくります(*14)。オゾンには、そのような面倒な性質はありません。
*11:https://www.oki.com/jp/Home/JIS/Books/KENKAI/n209/pdf/209_R07.pdf
*12:https://www.kao.co.jp/pro/hospital/pdf/08/08_05.pdf
*13:http://www.rgl.co.jp/html/page125.html
*14:https://www.kao.com/jp/haiter/hit_kitchen_00.html
まとめ~オゾンを誤解している余裕はない
オゾンの気持ちを理解していただけたでしょうか。
殺菌作業を必要とする現場を持つ企業や人などは、4つの殺菌剤(オゾン、アルコール、次亜塩素酸水、次亜塩素酸ナトリウム)の長所と短所を把握して、使いわける必要があるでしょう。
また、この4種類以外にも、エチレンオキサイド、過酢酸、ポピドンヨード、ベンザルコニウム塩酸塩など、さまざまな殺菌剤があります(*15)。これらを必要とする場面が今後、出てくるかもしれません。
世界を震撼させた新型コロナウイルス問題をみてもわかるとおり、細菌やウイルスとの闘いは、半永久的に続くはずです。
すべての殺菌剤は、人の害になりますが、今の人類には、殺菌剤でしか有害微生物を叩くことができません。
*15:https://www.monotaro.com/s/pages/readingseries/kagakukoubunshikisokouza_0309/
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