新型コロナウイルス感染拡大で、消毒剤に注目が集まっています。消毒剤は手軽かつ効果的なコロナ対策になるので、厚生労働省も使用を推奨しています(*1)。
ところが、コロナ消毒剤の1つである次亜塩素酸水について、国の機関が、その効果を否定するかのような見解を示しました。すると、次亜塩素酸水の業界側の団体が反論し、さらに経済産業省が火消しに動くという事態が起きました。
さらにその後研究機関が、「次亜塩素酸水系の製品はコロナを完全に消毒することはできない」と、完全否定はしないものの、効果が劣ると理解できるような見解を発表しました。
結局、次亜塩素酸水はコロナに効くのでしょうか、効かないのでしょうか。
行政機関や専門家の見解などの「ファクト」だけを集めて、この次亜塩素酸水問題を検証します。
ウイズコロナ社会が長引くことは確実視されているので、消毒の知識を持っておくことは自己防衛や自社防衛につながるはずです。
*1:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/syoudoku_00001.html
結論は3つ
先に結論を紹介します。3つあります。
●次亜塩素酸水は正しく使えばコロナ殺菌の効果が期待できる
●次亜塩素酸水を正しく使わないと、コロナ殺菌の効果は低下する
●コロナ対策を万全にするには他の消毒剤も利用する
この結論にたどりついた理由を解説していきます。
コロナ禍における次亜塩素酸水問題の概要
次亜塩素酸水問題の概要を紹介します。概要を把握しておけば、この込み入った話の理解の助けになるはずです。
「効かないことはない」は「十分効く」を証明するものではない
厚生労働省はコロナの消毒方法として、アルコールや次亜塩素酸ナトリウム水溶液などと並んで、次亜塩素酸水を紹介しています(*1)。このことから、「次亜塩素酸水はコロナにまったく効かない」とする説は否定されるべきです。
ただこのことは「次亜塩素酸水はコロナに十分効く」ことを示しているわけではありません。
独立行政法人が「火」をつけ、経済産業省が「火消し」をした経緯
国の機関である独立行政法人製品評価技術基盤機構は2020年5月29日、「次亜塩素酸水等の販売実態について」という文章を公開し、「現時点において、次亜塩素酸水のコロナへの有効性は確認されていない」としました(*2)。
これが問題の「火種」になったわけですが、言葉が一人歩きしたかもしれません。
「有効性は確認されていない」と言われると、「有効でない」と聞こえるかもしれませんが、実際はそうは言っていません。
「次亜塩素酸水等の販売実態について」には次のように書かれてあります。
●液体(次亜塩素酸水のこと)の販売にあたって、製法や原料が明記されていないものが多い
●液性を、pH値によって明記していないものが多い
●次亜塩素酸濃度を、mg/Lまたはppmを単位として明記していないものが多い
●液体の販売にあたって、製造日及び使用可能期間、使用可能期間中における次亜塩素酸濃度の低減について明記していないものが多い
●有人空間での次亜塩素酸等の噴霧によるウイルス対策が、公式に認められていると誤認させるような表示を行う例がある
これを読めば、製品評価技術基盤機構が「問題のある次亜塩素酸水関連商品」を批判していることがわかります。そして、「次亜塩素酸水そのもの」のコロナ効果を否定しているわけではないこともわかります。
しかし、このことがマスコミ報道されると、次亜塩素酸水そのものに問題があると勘違いする人が現れました。
これに対して、次亜塩素酸水関連商品の業界側の団体である「次亜塩素酸水溶液普及促進会議」は次のように反論しました(*3)。
●次亜塩素酸水はコロナ感染の予防策として役立つ
●人体に影響なく安心して使える
この次亜塩素酸水溶液普及促進会議には、三重大学の洗浄・殺菌工学の教授や、北海道大学の公衆衛生学の教授などが参加しているので、上記の2点の主張には一定の説得力があると考えてよいでしょう。
すると経済産業省は6月9日に「新型コロナウイルス対策における次亜塩素酸水の空間噴霧について(ファクトシート)」を発表し、次亜塩素酸水のコロナへの効果について「検証試験が継続中」としました(*4)。
つまり、結果は出ていないとしたわけです。
ではなぜ経済産業省は、結果が出ていないのにわざわざ「ファクトシート」を出したのでしょうか。ファクトシートとは、行政機関が科学的根拠のある事実を公表する報告書のことです。
経済産業省は、次亜塩素酸水を巡る混乱を鎮めたかったのではないでしょうか。
このファクトシートで経済産業省は「次亜塩素酸水は、国民の自主的かつ合理的な選択の下で有効に利用されている」と述べています。つまり次亜塩素酸水の「実績」を認めています。
経済産業省のファクトシートで示されている内容は次のとおりです。
●加湿器に次亜塩素酸水を入れて噴霧すれば空中除菌できるとうたっている製品は存在する
A:ただ、消毒対象が、物体の表面のウイルスなのか、空中に浮遊するウイルスなのかは判然としない商品が多い
B:WHO(世界保健機関)は、コロナ対策において、塩素系薬剤を含む消毒剤を噴霧することは推奨しないとの見解を示している
C:日本電機工業会は、「次亜塩素酸水の噴霧を行ったほうが、ウイルスの減少速度が速くなる」としている
D:噴霧された次亜塩素酸の人体への影響については評価も分析されていない
AとBは次亜塩素酸水をネガティブに評価しているようにみえますが、Cは次亜塩素酸水をプラスに評価しているようにみえます。そしてDは、経済産業省としての見解を保留した形です。
要するに「検証試験は継続中」であるわけです。
ただ、次亜塩素酸水は塩素系薬剤なので、WHOの見解にしたがって、噴霧して人に付着させたり吸い込ませたりしないほうがよいようです(*5)。
ここまでが、今回の次亜塩素酸水問題の概要になります。この問題の本質については後段でさらに深掘りしていきます。
その前に、次亜塩素酸水の基礎知識を確認していきます。
*2:https://www.nite.go.jp/data/000109500.pdf
*3:https://www.tokyo-np.co.jp/article/35333
*4:https://www.meti.go.jp/press/2020/05/20200529005/20200529005-3.pdf
*5:https://webronza.asahi.com/national/articles/2020091400001.html
次亜塩素酸水とは
次亜塩素酸水とは、塩酸または食塩水を電解して得られる次亜塩素酸を主成分とする液体のことです(*6)。
本章では、1)次亜塩素酸水の殺菌剤としての性質と、2)名前が似ている次亜塩素酸ナトリウムとの違いについて解説します。
*6:https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002wy32-att/2r9852000002wybg.pdf
殺菌剤商品としての次亜塩素酸水
次亜塩素酸には強い酸化作用があり、タンパク質や資質を分解する力があります。ウイルスを殺菌する力も証明されていて、コロナへの効果も帯広畜産大学が証明しています(*7)。
帯広畜産大学の実験では、pH2.5、塩素濃度74mg/Lの次亜塩素酸水を、コロナが含む液体に混ぜたところ、1分間でウイルスの99.99%以上が不活化しました。不活化とは死滅という意味です。
次亜塩素酸水の殺菌効果はコロナ禍以前から知られていて、国が食品添加物に指定しています(*8)。
*7:https://www.obihiro.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2020/05/act.pdf
*8:https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/2r9852000002wy32-att/2r9852000002wybg.pdf
次亜塩素酸ナトリウムとは何が違うのか
次亜塩素酸水と次亜塩素酸ナトリウムは、両方ともコロナ対策で名前が挙がる物質です。
名前が酷似していますが、消毒に使われる塩素系の物質という点以外は、異なる点のほうが多いほどです(*9)。
化学式 | ||
---|---|---|
性質 | ||
長期保存 | ||
利用法 | ||
手荒れ | ||
ニオイ | ||
刺激性 |
ここまでの内容で、次亜塩素酸水の弱点がみえてきました。
いよいよ、次亜塩素酸水問題の本質に迫っていきます。
*9:https://webronza.asahi.com/science/articles/2020061400006.html?page=1
次亜塩素酸水問題の本質
帯広畜産大学は、次亜塩素酸水にコロナ殺菌の効果があることを証明しましたが、それは、次亜塩素酸水の性質がpH2.5、塩素濃度74mg/Lであるときです。
市販の次亜塩素酸水はpH4~7のものが多いので、pH2.5は生活者レベルでは「強い酸性」といえます。
そして、次亜塩素酸水は長期保存に向かず、コロナ殺菌に使うには、生成装置でつくりたての次亜塩素酸水を使う必要があります。長期保存に向かないのは、次亜塩素酸水は濃度が低下するスピードが速いからです(*10)。
つまり、次亜塩素酸水問題は、次のようにまとめることができます。
●次亜塩素酸水は「適切な状態であれば」コロナ対策に使える
●次亜塩素酸水は「適切な状態でないもの」が市場に大量に出回ったことで効果が出ず、評判を落とした可能性がある
*10:https://news.yahoo.co.jp/articles/cf003bde1568404f6ba72f0087f4da05afad1ac0
火のない所に煙は立たぬ
ここまでわかると、この問題の「火種」となった、製品評価技術基盤機構の報告書である「次亜塩素酸水等の販売実態について」(2020年5月29日公表)が重要な意味を持ちます。
同機構は、市販されている次亜塩素酸水に「製法や原料」「pH値」「次亜塩素酸濃度」が明記されていないものが多いと指摘しています。
また同機構は、市販されている次亜塩素酸水に、どれくらいのスピードで次亜塩素酸濃度が低減するのか示していない製品も多いともいっています。
製品評価技術基盤機構は、問題のある次亜塩素酸水が世の中に多く出回っていることに警鐘を鳴らしていたわけです。
そして同機構の警告の正しさを、ある研究機関が証明しています。
北里研究所が効果不十分を立証した
北里研究所と北里大学は2020年9月1日に「新型コロナウイルスに対する消毒薬の効果を検証」という実験結果を公表しました(*11)。
北里研究所などは、市販されている消毒剤にコロナを殺菌する効果があるかどうか調べました。調査対象は次のとおりです。
★アルコール系消毒剤、11商品(ビオレやノロスターなど)
★ハンドソープ、5商品(キレイキレイやミューズなど)
★台所洗剤、18商品(JOYやキュキュットなど)
★拭き取り、8商品(クイックルワイパーなど)
●二酸化塩素系消毒剤、1商品(製品名非公開)
●次亜塩素酸水、5商品(製品名非公開)
実験では、コロナ30,000個を殺菌できるかどうかを調べました。
結果は、★印の商品はすべてコロナを完全消毒しましたが、●印の二酸化塩素系消毒剤と次亜塩素酸水は、すべての商品で、コロナ30,000個を完全に殺菌することはできませんでした。
この結果は、帯広畜産大学の「次亜塩素酸水はコロナを殺菌する」との結論と矛盾するようにみえますが、両者が実験で使った次亜塩素酸水が異なるものであれば矛盾はしません。
つまり、北里研究所などが実験に使った市販の次亜塩素酸水が「適切な状態でない次亜塩素酸水」なら、コロナ殺菌を完璧に行えなかったことが説明できます。
それで「次亜塩素酸水は正しく使えばコロナ殺菌の効果が期待できる」といえるわけです。
厚生労働省はコロナ消毒剤を紹介するサイトで「テーブルやドアノブなどには、一部の次亜塩素酸水も有効」と、わざわざ「一部の」をつけ加えています(*12)。
*11:https://www.kitasato.ac.jp/jp/albums/abm.php?f=abm00033248.pdf&n=20200901_%E3%83%97%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%AA%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%B9_%E6%96%B0%E5%9E%8B%E3%82%B3%E3%83%AD%E3%83%8A%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%E3%81%AB%E5%AF%BE%E3%81%99%E3%82%8B%E6%B6%88%E6%AF%92%E8%96%AC%E3%81%AE%E5%8A%B9%E6%9E%9C%E3%82%92%E6%A4%9C%E8%A8%BC.pdf
*12:https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/syoudoku_00001.html
次亜塩素酸水「以外のもの」も活用しよう
厚生労働省はコロナ対策になりうる消毒液について、次のように評価をしています(*12)。
方法 | ||
---|---|---|
水による洗浄 | ||
石鹸やハンドソープによる洗浄 | ||
アルコール消毒液 | ||
熱水 | ||
次亜塩素酸ナトリウム水溶液(塩素系漂白剤) | ||
手指用以外の界面活性剤(洗剤) | ||
次亜塩素酸水(一定条件を満たすもの) |
次亜塩素酸水については「一定条件を満たすもの」と但し書きがあることに注意しなければなりません。
そして「2冠」を制したのは、水、石鹸、アルコールです。
水だけで15秒手洗いしても、手や指についたコロナを100分の1に減らすことができます。
石鹸やハンドソープで手を10秒もみ洗いして、その後15秒流水ですすげば、コロナは1万分の1まで減ります。
オゾンやオゾン水もコロナ殺菌が証明されている
コロナ殺菌に効果がある物質は、まだあります。
オゾンという気体と、オゾンを水に溶かしたオゾン水も、コロナを殺菌する効果が実証されています(*13、14)。
オゾン発生器やオゾン水生成器が市販されているので、家庭や会社の事務所で簡単にオゾン殺菌やオゾン水殺菌をすることができます。
*13:http://www.naramed-u.ac.jp/university/kenkyu-sangakukan/oshirase/r2nendo/documents/press_2.pdf
*14:https://www.fujita-hu.ac.jp/news/j93sdv0000007fdg.html
まとめ~混乱期だからこそ正しい情報を探す
次亜塩素酸水問題は、「問題のある商品には問題がある」という教訓を残しました。当たり前のことですが、重要なことです。
なぜなら、次亜塩素酸水は食品添加物として使われるほど優秀な消毒剤だからです。短期間とはいえ、その次亜塩素酸水に「濡れ衣」が着せられたのは由々しきことです。
今回の問題は、「次亜塩素酸水の効果は短時間で減少する」という情報が正しく伝えられなかったことで起きました。混乱している時期だからこそ、正しい情報を探さなければなりません。