残留農薬による環境汚染や健康被害が大きな問題となって以来、数々の規制や環境に優しい農薬の開発が進められてきました。現在スーパーなどに出回っている農作物の残留農薬は無害なレベルに抑えられているとされていますが、昨今では食品表示の偽装が次々とあらわになり、消費者としては安心しきれない状況が続いています。
有機栽培は化学農薬を使わない理想的な取り組みですが、有機野菜はどうしても割高になってしまい、一消費者がそれだけで食卓をまかなうのは難しいのが現実です。安全・安心でなおかつ効率のよい農業が21世紀には求められています。
そうした農業を実現するための手段としていま注目を浴びているのがオゾンです。オゾンは従来の農薬とは正反対で、通常の環境ではすぐに分解して無害になるという特性を持っています。また、オゾン分子を水に溶かした状態で用いれば取り扱いが容易になり、家庭でも利用しやすくなります。
今回の記事では、オゾン水を用いて安全・安心な農作物を作る取り組みと家庭でのオゾン水活用法について紹介していきます。オゾンの基本性質についてもわかりやすく解説していますので、身近な存在になったオゾンという物質について理解を深めて、健康増進に役立てていただければと思います。
オゾンはこれまでの農薬とどう違う?
オゾンは数々のユニークな性質を持つ物質です。ここでは健康や環境保全にとってとくに有用な性質を取り上げて解説します。
強い殺菌力を持ちながら、残留しない
「オゾンの特徴」から
強力で使い勝手のいい農薬は、病原菌や害虫を殺傷する力が強く、作物や環境の中に長く残留して効果を発揮し続けるという性質を持っています。裏を返せば、長く居残って副作用を与え続ける可能性が高いわけです。
そのため、散布後になるべく速く分解して無害な物質に変化するような農薬を開発したり、残留農薬が基準値以下にまで落ちるのを待ってから収穫したりといった対策が取られています(※1)。また、出荷前に残留農薬を除去するための洗浄方法も研究されています(※2)。
強い殺菌力を持ち、なおかつすぐに分解して無害になるという物質があれば理想的です。実を言えば、オゾンはまさにそうした性質を持っているのです。
オゾンは酸素原子が3つつながった分子で、強い酸化力を持ちます。濃度が高いと人体にも有害ですが、低い濃度で使用することで細菌やウイルスだけを殺すことができます。しかも放っておいても自然にばらけて無害な酸素原子に分かれるため、作物や環境中に残留する心配がありません(※3)。
「オゾン」と聞けば真っ先に「オゾン層」が思い浮かぶかと思いますが、実は地表でも低い濃度のオゾンが常に存在しています(※4)。オゾンは人工的に合成された物質ではなくもともと自然環境に存在するものです。それを技術によって使いやすい形(オゾンガスやオゾン水)にしてさまざまな用途に活かすのがオゾン技術なのです。
農薬を分解する力も
オゾンが有機化合物を分解する働きを持つことは古くから知られていました。農薬の多くは有機化合物であるため、オゾンを残留農薬の除去に利用することができます(※5)
オゾンで除菌や農薬除去を行う際には、病原菌や農薬に接触するオゾン分子が多ければ多いほど効果が高まります。肉眼では見えないほど微少なオゾンの泡(マイクロバブル)を水中に発生させる装置が開発されており、これを使って作られたオゾン水で洗浄すると作物の隅々までオゾンが届いて農薬除去を効率的に行うことができます(※6)。
オゾン水を使った安全な農業
それでは実際にオゾンを用いて栽培されている農産物の例を眺めてみましょう。まずオゾンが用いられる場面を概観し、近年規模が拡大している「養液栽培」の事例についてとくに詳しく解説することにします。
農業でオゾン水が用いられる場面
オゾンは濃度を適切に調節することでさまざまな用途に用いることができます。例えば畑に植わっている野菜の地上部分に低濃度のオゾンを「水まき」感覚で散布して、病害を予防することができます。苗を育てるトレーやポット、支柱などの農業資材は多少高濃度のオゾン水で殺菌します(※7)。稲の種子や球根などの殺菌(※8)も同様です。
高濃度といってもただちに人体に危険を及ぼすようなレベルではなく、上に述べたとおりオゾンは自然に分解されてしまうので安心です。従来広く用いられている塩素系の消毒剤は刺激が強く取り扱いに注意が必要で、消毒後にはすすぎ洗いをしなければならず、廃液をどう処理するかも問題になりますが、オゾンの場合はこういった懸念が無用です。
オゾン水を活用した養液栽培
養液栽培とは、作物を土に植えるのではなく培養液で育てる手法です(※9)。養液栽培は近年急速に拡大しており、とくにネギ・レタスなどの葉菜類、トマト・イチゴなどの果菜類で盛んに導入されています。
水に肥料を溶かしたものが培養液です。この液に植物の根が直接浸かるようにして栽培したり、土の代わりになる材料で作った培地を養液の中に据えて、そこに作物を植え込んだりします。養分補給と病害予防のために培養液は定期的に取り替える必要があり、一度使った培養液を捨ててしまう「掛け流し」方式と循環させて再利用する「循環式」があります。効率や環境への配慮から昨今では「循環式」が優勢になっています。
「循環式」養液栽培では病害の問題がとくに深刻で、効果的な殺菌システムが必須ですが、オゾンはそれにうってつけの物質といえます。塩素系消毒剤などの農薬で培養設備を消毒した場合、消毒後に十分すすぎ洗いをする必要がありますし、洗っても農薬の成分が残留してしまいます。オゾンであればその心配はなく、病原菌だけを除いてクリーンな設備で栽培を行うことが可能なのです。
設備だけでなく培養液もオゾンで消毒することができます。一度栽培に使って回収した培養液をオゾンで殺菌してから再利用する方法が成果を上げており(※10)、培養液にごく低濃度のオゾンを溶け込ませたままで作物を栽培するという方法についても効果と安全性が確かめられています(※7)。
家庭でも活用できるオゾン水
画像:10Lまでの水を瞬時に高濃度オゾン水にする「オゾンバスター」
現在では各社からさまざまなタイプのオゾン水発生器が市販されています。業務向けの大型のものだけでなく一般消費者にも利用しやすい小さなサイズの機器もあり、手頃な値段で手に入れることができます。家庭でも野菜や器具、手指などの消毒にオゾン水を利用できる時代になったのです。オゾン水は機器と水と電源さえあれば作れるため、購入後のコストが安上がりなのもメリットです。
野菜などの残留農薬は店舗に出回る前に検査され、基準値以下の無害なレベルであることが確かめられているはずですが、偽装などの問題もあり、水で洗っただけで料理に使うのは不安という方もおられるでしょう。オゾン水は殺菌とともに農薬除去の効果も持っていますので、一石二鳥の洗浄方法といえます。
野菜はあまり長く水に漬けすぎると大切な養分まで染み出してしまうため注意が必要ですが、オゾン水は短時間で効果を発揮することができ、食材の洗浄にもうってつけと言えます。
まとめ〜安全・安心を保証する道具が大事にされる社会
農薬問題が明らかとなった20世紀後半から、体に安全で環境に優しい農業が追い求められてきました。オゾンの活用はその成果の一つと言えます。オゾンをいたずらに効率化のために利用することなく、効率性と安全性を両立するための手段として発展させていくことが望まれます。
インターネットなどを通じてオゾン水のような新しい技術が一般の消費者にも手に入るようになったことは、「賢い消費者」として生活していく上で大いに助けになります。贅沢や享楽のための商品よりも安全・安心を保証する道具が大事にされる社会になってほしいものだと思います。
■引用元
※1)味の素 商品情報サイト「野菜の残留農薬の対策は?」
https://www.ajinomoto.co.jp/products/anzen/keyword/biopesticide.html
※2)環境化学「超音波洗浄による農作物中残留農薬類の低減除去」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jec/19/3/19_3_389/_pdf
※3)電氣學會雜誌「新しいオゾン技術とバイオテクノロジー」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ieejjournal1888/108/12/108_12_1173/_pdf
※4)気象庁「地上オゾン」
https://ds.data.jma.go.jp/ghg/kanshi/ghgp/o3_trend.html
※5)「水中農薬の塩素およびオゾンによる分解について」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jswe/15/1/15_1_62/_pdf
※6)明治大学広報「不可視の泡で青果物の残留農薬除去に成功」
https://www.meiji.ac.jp/koho/meidaikouhou/20091001/p03_01.html
※7)日本医療オゾン研究会会報「農業におけるオゾンの利用(3) オゾン水による農業資材の殺菌と水耕栽培への利用」
http://www.js-mhu-ozone.com/report-review/pdf/g1/gp001-016.pdf
※8)日本医療オゾン研究会会報「農業におけるオゾンの利用(1) オゾン殺菌効果とオゾンによる水稲種子などの殺菌」
http://www.js-mhu-ozone.com/report-review/pdf/g1/gp001-014.pdf
※9)日本養液栽培研究会「養液栽培とは」
http://www.w-works.jp/youeki/series/01.html
※10)農研機構「オゾン水を利用したロックウール栽培トマトの養液殺菌システム」
http://www.naro.affrc.go.jp/org/narc/seika/kanto22/11/22_11_08.html